自己紹介

今更になって自身の紹介でもしようかな。

私は35歳。

札幌出身で現在医療ソーシャルワーカーとして勤務して11年目を迎えます。

生まれは札幌で、札幌育ち。

いわゆる「田舎」を知らずに育ってます。

こんなことを言うと叩かれるかもしれませんが、オシャレな街で育ってます。

札幌がオシャレかは知りませんが、自身では札幌はオシャレな街だと思っています。

世間知らずかもしれませんが。

で、なんの取り柄もなく、小中高を卒業。

高校の頃にはサッカーに打ち込み、勉強はおろそかに。

文武両道を謳っている高校でしたが、勉強はほぼしませんでした。

さて、高校3年生になると進路というもので悩み始めます。

生まれつきオシャレな私は、周りと自分は違う、なにか特別なことが出来ると思っており、また、ファッションにも興味があったため、服飾の道に進もうと決めていました。

しかし、教養のない頭で、「この程度のオシャレで世の中に通じるデザイナーになることが出来るのだろうか?」という疑問が出ます。

祖母と一緒に暮らしていた私は色々と考え抜いた末に、

””福祉の世界であれば自分はオシャレに魅せることが出来るのではないか””

自分の様な考えはまだ福祉の世界には少なく、敵は少ないのではないか、目立てるのではないかと考え始めました。

そして介護福祉士になるべく、専門学校へ進学。

この頃から、「あっ、イケる。」

謎の自身だけありました。

まぁ、なににおいてもそこそこ。それ以上を追求できないのが自分の性格でしたが、専門学校を卒業するときに壁に当たります。

「20歳でこのまま世に放たれて良いのだろうか。」

「まだ働きたくない。周りの友達みたいにキャンパスライフを楽しみたい」

その強い志を胸に、中途半端な気持ちで大学へ編入します。

無事に大学に編入後は、なぞのプライドにより、

「大学は勉強をするところ。キャンパスライフを楽しみにきたわけではない」という訳のわからないプライドが邪魔をして、ほぼ友達が出来ずに卒業。笑

社会福祉士にはなれたもの、現場を知らないソーシャルワーカーが患者の支援なんて出来る訳がないと思い、回復期リハビリテーション病棟の介護福祉士として勤務。

3年半の勤務をしたところで、””腰椎椎間板ヘルニア””にて、介護福祉士としての将来に不安を感じます。

このタイミングでサッカーを通じてお世話になっていた、先輩ソーシャルワーカーに社会福祉士としての転職のお話を頂き、現在に至ります。

現在は回復期リハビリテーション病棟の医療ソーシャルワーカー(MSW)として勤務しております。

コロナになる前はほぼ毎年、学会発表に演題登録をし、出張という名の旅行を楽しませていただきました。

これも叩かれますね。

やめましょう。

ソーシャルワーカーとしてのポリシーは

””誰にでも平等””

どうしても病院は少し上の立場から物事を考えてしまいがちです。

勝手な偏見ですが、ソーシャルワーカーは頭が固いとも思っていました。

なので、

誰よりも柔軟に考えられるMSWになれるべく、日々精進しています。

ただ、誰よりもお金を稼ぎたいという気持ちは常に持っています。

しかし、何事にも中途半端な自分は気持ちだけが優先して、進むことが出来ずにいました。

このままではいけないと思いながら、独立していく先輩ソーシャルワーカーに相談。

「まずは動き出そうよ」

この言葉で「nagot.」の活動を開始したのです。

感謝しかありません。

すごく中途半端なところではありますが、今日はここまで。

また明日もオシャレに仕事をしていきたいと思います。

あっ、自分は何の取り柄もないと言いましたが、嘘です。

””誰よりも人に恵まれている””

これが私の取り柄でした。

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